サイトへ戻る

封筒小説再録「卒業後の話」ヤマトとおかひろ

· 創作BL,トーキョーアパートグローリー,SS

東京・大阪のイベントで販売した「封筒小説」の完売に伴い、WEB掲載します。

本編とは全く関係がありませんので、箸休め的にご覧ください。

現地でお手に取ってくださった皆さま、ありがとうございました。

■トーキョーアパートグローリー

■鹿島 ヤマト×岡 比呂

だらりと首をもたげた向日葵が、同じ方向を見つめながら整然と並んでいる。哀愁を感じるのが普通なのか、それはわからないけど、なんとなく面白いと思った。

 

「紅葉とか、見たいよね」
 

俺の隣で、おかひろは呟いた。吹き付ける風はひんやりと冷たく、もう夏のまとわりつくような生温さを含んではいない。季節の変わり目を肌とこの目で感じられる四季折々の日本はやっぱり良いなと、帰国する度に思う。
 

「まだ気が早いかな?」
 

また一つ、ぽつりと言葉を零したおかひろは少しだけ微笑んでいた。
 

遠くの空で、カラスが鳴く声が聞こえてくる。カラスが鳴くから帰ろ、という訳にはいかないのが俺たちだ。まだ仕事が残っている。俺はあと一時間もすれば、国際空港へ行かなければいけない。


「紅葉、いいな。行こうぜ」
 

夕焼け空を眺めながら、そう返す。
 

「ヤマトは、うそつきだ」
小さく小さく、空気みたいに漏れる声。隣のおかひろの声。なんだか怪しい雲行きだ。おかひろは俯いたまま視線を上げず、スニーカーの底で、ざり、と砂利を踏みしめた。


「お花見だって、行こうって言ったのに」
 

その声に色をつけるなら、深い深い青色だと思う。さみしい青色。下唇を突き出しているのは、たぶん無意識だろう。

 

「海も連れてくって。でも行かなかった」
安請け合いは、するもんじゃない。おかひろは俺に、意図もなく季節の話を振ってきたんじゃない。そこにはちゃんと、想いがこめられていた。
 

花見も、海も、紅葉も。俺と一緒に行きたいって、こいつは言ってくれたのに、俺はそれに、簡単に返事をした。出来もしないことを、約束のつもりもなく承諾した。

 

最低だ。ごめんな。
 

「でもわかってるよ。時間がないんだから、行けるわけないもん」


石ころを蹴っ飛ばしながらこちらを見たおかひろは、なにかを諦めたみたいに、うすく笑っていた。しょうがないよ、そう呟きながら、俺に背を向けて歩き出す。
 

「比呂」
「なに?」
「これ、やるよ」
 

右手を突き出す。俺の手からこぼれ落ちるそれを、おかひろは反射的に拾い受けた。

 

「なに、これ。鍵?」

 

深い青が、ころりと色を変えた。夕焼け空と同じオレンジ。なんの可愛げもない金属製のそれを、おかひろにぎゅっと握らせる。
 

「付き合って一年、おめでとう」
 

枯れた向日葵畑に滲んでいた息遣いが、ぴたりと止んだ。おかひろの目が、真っ直ぐにこちらを見る。その綺麗な黒目に、やけに真剣な面持ちの俺が映って、心の中で苦笑いを浮かべた。


「ニューヨークにある部屋の鍵なんてもらっても、すぐには使えないんだけど。どこでもドアもセットでもらわなくちゃ」
「ああ。でも渡したかったんだ。嬉しくない?」
「うれしいに決まってるだろ、ばか」

 

おかひろは眉根を寄せた。俺が一番好きな笑顔だった。
 

「今年は、花見も海も行くからな。紅葉も見に行く」

「うん」

「俺、何度だって、比呂に会いに行くから。比呂も会いに来て」

「うん」

「約束、な」
「やく、そく」
 

差し出した手の小指を、無邪気に絡ませ合う。子どもみたいだ。でも、この夕焼け空みたいに燃え上がる想いは枯れたりなんかはしない。俺たちは枯れない。
 

そのあと、夕焼けに染まる小道を並んで歩いた。誰も見ていないところだけ、そっと手を繋いで。目まぐるしく変わっていく季節を眺めていたい。

 

大人になっても、ずっとふたりで。

だらりと首をもたげた向日葵が、同じ方向を見つめながら整然と並んでいる。哀愁を感じるのが普通なのか、それはわからないけど、なんとなく面白いと思った。

「紅葉とか、見たいよね」
 

俺の隣で、おかひろは呟いた。吹き付ける風はひんやりと冷たく、もう夏のまとわりつくような生温さを含んではいない。季節の変わり目を肌とこの目で感じられる四季折々の日本はやっぱり良いなと、帰国する度に思う。
 

「まだ気が早いかな?」
 

また一つ、ぽつりと言葉を零したおかひろは少しだけ微笑んでいた。
 

遠くの空で、カラスが鳴く声が聞こえてくる。カラスが鳴くから帰ろ、という訳にはいかないのが俺たちだ。まだ仕事が残っている。俺はあと一時間もすれば、国際空港へ行かなければいけない。


「紅葉、いいな。行こうぜ」
 

夕焼け空を眺めながら、そう返す。
 

「ヤマトは、うそつきだ」
小さく小さく、空気みたいに漏れる声。隣のおかひろの声。なんだか怪しい雲行きだ。おかひろは俯いたまま視線を上げず、スニーカーの底で、ざり、と砂利を踏みしめた。


「お花見だって、行こうって言ったのに」
 

その声に色をつけるなら、深い深い青色だと思う。さみしい青色。下唇を突き出しているのは、たぶん無意識だろう。

「海も連れてくって。でも行かなかった」
安請け合いは、するもんじゃない。おかひろは俺に、意図もなく季節の話を振ってきたんじゃない。そこにはちゃんと、想いがこめられていた。
 

花見も、海も、紅葉も。俺と一緒に行きたいって、こいつは言ってくれたのに、俺はそれに、簡単に返事をした。出来もしないことを、約束のつもりもなく承諾した。

最低だ。ごめんな。
 

「でもわかってるよ。時間がないんだから、行けるわけないもん」


石ころを蹴っ飛ばしながらこちらを見たおかひろは、なにかを諦めたみたいに、うすく笑っていた。しょうがないよ、そう呟きながら、俺に背を向けて歩き出す。
 

「比呂」
「なに?」
「これ、やるよ」
 

右手を突き出す。俺の手からこぼれ落ちるそれを、おかひろは反射的に拾い受けた。

「なに、これ。鍵?」

深い青が、ころりと色を変えた。夕焼け空と同じオレンジ。なんの可愛げもない金属製のそれを、おかひろにぎゅっと握らせる。
 

「付き合って一年、おめでとう」
 

枯れた向日葵畑に滲んでいた息遣いが、ぴたりと止んだ。おかひろの目が、真っ直ぐにこちらを見る。その綺麗な黒目に、やけに真剣な面持ちの俺が映って、心の中で苦笑いを浮かべた。


「ニューヨークにある部屋の鍵なんてもらっても、すぐには使えないんだけど。どこでもドアもセットでもらわなくちゃ」
「ああ。でも渡したかったんだ。嬉しくない?」
「うれしいに決まってるだろ、ばか」

おかひろは眉根を寄せた。俺が一番好きな笑顔だった。
 

「今年は、花見も海も行くからな。紅葉も見に行く」

「うん」

「俺、何度だって、比呂に会いに行くから。比呂も会いに来て」

「うん」

「約束、な」
「やく、そく」
 

差し出した手の小指を、無邪気に絡ませ合う。子どもみたいだ。でも、この夕焼け空みたいに燃え上がる想いは枯れたりなんかはしない。俺たちは枯れない。
 

そのあと、夕焼けに染まる小道を並んで歩いた。誰も見ていないところだけ、そっと手を繋いで。目まぐるしく変わっていく季節を眺めていたい。

大人になっても、ずっとふたりで。